ラブドール趣味を暴露することの是非…というより雑談
特に中身のない自分語りの雑記、はっじまっるよ~~~!いつもどおり超絶暇人しかおすすめしません。一般人は回避推奨。…………警告、しましたからね?
たまにですが、ブログ読者様からお迎えに至ったエピソードや、その後、身内バレしてしまった話等、いろいろな話を聞かせて頂くことがあります。
あ、ご安心ください。その内容を詳らかに書いたりはしません。中にはドキッとする方もいるかも知れませんが、誰か特定の方を対象としているわけではございません。
本当にいろんな方向性のお話があるため、あちらこちらに話は飛びますが、そういったエピソードや相談事を自分の中で咀嚼して、自分の体験の場合には…という語り口になるため、どうしても自分語りのキモいお話になっております。何卒ご容赦くださいませ。
99%の相談事はただ話したいだけであってアドバイスなど求めていない
これはよく聞く話だと思いますが、ラブドールに限らず、相談事の大半はただ聞いてほしいだけで解決策など求めていません。
よしんば「Aが良いかな? それともBかな?」みたいな選択肢を迫られたとしてもその人の中で結論は99%決まっています。
それでも若い頃は、Aも良いと思うけど〇〇と△△みたいなケースもあるし、□□のパターンも考えたらBのほうが有力かも知れない、みたいに全力で方策を提示していましたが、「やっぱりAですよね!(満面の笑みで全然話聞いてない)」なケースがあまりに多いため、鈍感なぼくでもさすがにこれらが無駄な行動だと理解しました。
しかし気が付いたのです。相談してきた相手はぼくの話なぞ聞いてはいないかも知れないけれど、ぼくが相手の話を聞くかどうかはぼく次第じゃないか、と。あんな相談もあった、こんな相談もあった、という知識は間違いなく自分の糧になります。これは素晴らしいことです。それ以来、人の話を聞くことが楽しくなりました。
この雑記も、そうしたインプットが溜まってきたので、いったんアウトプットしてせっかくの記憶を風化させないように、と思った次第です。
思いやりの心とそれが伝わるかどうかは話が別
学生時代、生徒会役員をやっていたのですが、ある朝、クラスメイトから「なぁ、今日の頭髪検査、これで大丈夫か?」と聞かれました。「頭髪は先輩方が判断するから俺にはわからんよ」と答えました。事実をありのままに答えただけです。
※校則で五分刈りしか認められていない学校でした
しかしそれでもクラスメイトは「お前の意見で良いからさ!なぁ大丈夫だよな?」としつこく聞いてきます。正直ぎりぎりアウトな気がするけれど、そんなこと言ったって今から髪切る時間もないし、ものすごくおびえた表情のクラスメイトを見て、せめて検査までの間だけでも平穏な気持ちでいさせてあげようと「俺が検査するならセーフかな」、そう答えました。
その後、そのクラスメイトは頭髪検査にひっかかって懲罰を受けるのですが、数日後、クラス中に「生徒会のあいつがOKって言ったのに懲罰受けさせられた」「あいつに騙された」そんな噂が広まり、気が付けばイジメの対象になっていました。なにが起こったのかぼくには理解できませんでした。
頭髪の件を相談してきた当人を前に、先述の経緯を事細かく説明して「じゃあ俺は何て答えれば良かったんだ?」とまで詰め寄りましたが、「うるせー!とにかくお前が嘘ついたんだろうが!」の一点張り。
アニメでよくありそうな鬱展開ですが、現実ではそこからの逆転劇みたいなものはありません。全寮制の閉鎖された空間でのイジメは陰湿だし、話が通じないモンキーたちと24時間生活するのは肉体的にも精神的にもキツかったので退学することにしました。
実際にはこれはただの一因でしかなく、家庭環境がサイアクだったので、一刻も早く社会人になりたかったというのが主な理由だったりします。
家族という言葉から感じる印象は人によって全く違う
さて、なぜこんなラブドールと関係なさそうなことを話しているかというと、「家族」という言葉から感じるモノが育ってきた環境によって180度異なる場合があるからです。
ぼくにとって家族とは敵です。エネミーです。
生まれた頃から両親の仲は悪く、その人らの都合によってあっちにいったりこっちにいったり、引っ越しを繰り返したおかげで、せっかく仲良くなった友達ともすぐに離れ離れ。
名古屋で生まれ、幼馴染と呼べる双子の女の子たちと幼少期を過ごしたかと思えば、なぜか東京の小学校に入学することになっており、入学式が終わって気が付いたら通い始めたのは名古屋の小学校で、そこには仲良かった幼馴染はいませんでした。そして小学1年生から2年生にあがる寸前に、今度は兄に拉致されてまた東京の小学校。何を言っているのかわかりませんよね。
よく冗談で拉致という言葉が使われます。ドールさんをお迎えすることを拉致なんて冗談めかして言う人もいます。
しかしこれは本当の意味での拉致です。ある日、学校から帰ってきたぼくは兄2人に囲まれ、「ランドセルに大事なものだけ入れてついてこい」と言われました。兄とは8歳も歳が離れている上、容赦なく暴力をふるう人間だったので断ることなど出来ません。
気が付けば新幹線に乗せられ、東京に来ていました。親友と呼び合う友達も、ひそかに恋心を寄せていた女の子もいたというのに、もうそこへ帰ることは出来ません。東京駅に降り立ったとき、自然と涙が出てきました。
後から知ったことですが、兄たちと母親の間で密約が交わされていて、(離婚した)父親の元から逃げてくる計画だったようです。そんな話を7歳のぼくにしても通じないだろうから、何も説明せずに連れてきた、と。
これは正真正銘の誘拐ではないだろうか? 今ならそう思いますが、7歳のぼくには何もわかりません。強いものに従わされるだけの人生です。
それほどまでに子供を取り戻したい愛情深い母親なのか。そんなわけありません。もしそうなら、まず親権が父親にあることがおかしい。普通は母親が有利です。にも関わらず離婚後、子供は父親側にいた、ということはつまりそういうことです。
母親は言葉巧みに兄2人たちにエサをチラつかせ、それに釣られた兄たちに強制的に連れまわされるぼく。いかがでしょうか。これがぼくにとっての「家族」なのです。
7歳から10年間、歯を食いしばりながら生きてきました。兄たちから暴力をふるわれ、ヒステリーを起こした母親からも暴力をふるわれ、なぜ自分をひとりにしてくれないのか、なぜ自分はひとりで生きていけないのか、一刻も早く自立したいと、それだけを目標にしていました。
だから、本来は義務教育が終わったらすぐにでも働き始める予定が、何の気まぐれか、母親から全寮制の高校を薦められたので、「この家から出られるなら!」と飛びついただけなのです。その程度の意識でしかなかったので、退学にも躊躇はしませんでした。
子持ちドーラーはそれだけで尊敬に値する
自分語りをし過ぎだという自覚はあるのですが、ここまで書かないと、いかにぼくが子持ちドーラーさんのことを尊敬しているのかが伝わらないと思ったのです。
まず第一に、7歳にして家族に絶望していたぼくにとって、成人まで離婚せずに子を育て上げた方々というのは神にも等しい存在です。祈りを捧げたい。
育児が云々、子供の教育云々、健康が云々、世の中は高尚な言論であふれていますが、7歳のぼくが望んだことはただただ「暴力のない家庭がほしい」それだけです。「いつかこの家族に本当に殺されるかも知れない」と子供に思わせないのなら、それだけで素晴らしいです。
たったそれだけの望みすら叶えてはくれない親が存在するのです。次点で、「できれば両親そろっていてほしい」です。それは両親が好きだから云々ではなく、片親しかいないと知られたときの他人の見る目が、子供心にはなかなかキツいものがあるからです。いかに気にしてないように見せても、その憐れむ瞳は誤魔化せません。子供は敏感です。
こんな環境と比べられても困るかと思いますが、皆さまから様々な家族バレエピソードを聞いても、
「いい歳して等身大ドールで着せ替え遊びしてるキモいおっさん」
「人形と会話しちゃってる危ない人」
「女児下着を集めまくってる変質者」
その程度のレッテルを貼られたからどうだというのか、というのが正直な感想です。
出てくる言葉と本当に気に食わないことは別
人間は”言葉”という類稀なる伝達技術を持ってしまったがために、そこに注目しすぎるきらいがあります。
特に他人の趣味を批判するケースにおいて、それは顕著であり、大好きな趣味を否定されたことにばかり注目してしまい、本質的に何が言いたいのか誤解していることがあるのではないでしょうか。
例えば、恋人や配偶者にラブドール趣味が見つかって真向から否定された場合など。
「いい歳して人形遊びなんて!」「しかも等身大とか怖い!」
おっしゃるとおり…。すみません…。
人にも寄りますが、少し頭のまわる人なら、相手を責めるときは本当に言いたいことは隠しつつ、反論できないところで弱気にさせてから、本当にさせたいことをさせるのではないでしょうか? 人間ってイヤなイキモノですね。
実際のところは単に、友達に対して「彼(旦那)はこんな素敵な趣味持っててね~」と自慢したいだけだったり、「趣味にかけるお金で私にもっと贅沢させてよ!」というだけの感情かも知れません。
心当たりありませんか? ぼくはたくさんあります。
嫁「私はふっくらしてるのは好きだけれど貴方の体が心配」
本音「デブな旦那とか友達に紹介できないから痩せろ」
嫁「え…会社辞めて起業? 前々から聞いてはいたけど早すぎないかしら?」
本音「有名企業に勤めてるあんただから結婚したのに、危ない橋渡るとか許せない」
悲しいことに単なる思いつきではなく実例、です。
こういうケースにおいて、どれだけ言葉に対して誠実に答えても無意味です。前者において口にしているのは健康についてですが、本音は見た目の話だし、後者において時期について話してるけれど、本当は時期に関係なく反対しているからです。
ここで最初の話に戻りますが、頭髪検査の話にしても、彼が求めていたのは「えー、それ絶対ダメだろーwww覚悟しといたほうが良いぞwww」と笑い飛ばしてくれる友人であって、「俺が検査するならセーフかな」などと変に大人ぶって斜に構えたクラスメイトではないのです。そんなだからシャクに触ってトニカクコイツキライ!になったのだろうと今ならわかります。
もう少しお上品な言い方をするならニーチェの言葉を引用して「人が意見に反対するときはだいたいその伝え方が気に食わないときである」あたりですかね。
人形者は自己愛の塊である
各方面から反対されそうだし怒られそうですが、何も100人が100人そうである、と言うつもりはありません。
ただ、基本的に人形が好きな人は自己愛が強い傾向があると思っています。もちろんぼくも。
自分の見た目にコンプレックスがあるから自己愛とは違う、とはなりません。むしろコンプレックスある人のほうが、自分が出来ないことをやってくれるドールさんにハマる傾向があるとも言えるでしょうか。女装なんかもそういう面があると、女装男子の人から聞いたことがあります。
ちょっと脱線ですが、ぼく女装男子と秋葉原デートしたことがあります。もちろん男と知った上で。ぼくは異性愛者だし恋愛感情とかないけど、それとデートするしないは話が別じゃない? そのときに聞いた話ですが、女装した瞬間に考え方や視線の感じ方が変わる、そこがたまらない、だそうです。
ドール趣味の人の中には自分が着られない衣装を代わりに着てもらう、という意識の人が少なからずいるはずです。
だからこそ、ドール趣味を否定されると、自分自身の存在を否定されたかのようなショックを受けてしまうのではないでしょうか。
そしてその愛情の深さゆえに、恋人や配偶者は嫉妬せざるを得ないという状況もあるのではないでしょうか。
自分の嫁さんが嬉々として男性型ラブドールの着せ替えをしたり、「旦那よりたくましいわ~」と言って人形相手に腰をふっていたらどうでしょうか。
……………ぼくなら面白がって撮影はじめちゃうかもですがw
中には嫉妬心を覚える人もいるでしょうし、そういった感情はなくとも、そんなことしてるヒマあるならもっと家事をちゃんとしてくれ、みたいな普段思っている別の不満をぶつけたくなっちゃう人もいるのではないかな。
オナニーはこっそりするもの
自分の理想の一体を作り上げる、的なニュアンスの宣伝文句を見かけたりもしますが、うーん、理想はひとつではないよなぁ、とも感じています。
様々な体験によって変わっていくものだし、なんだったらその日その日の気分でけっこう違いませんか。ほら、オナニーのオカズだってずっと同じだと飽きちゃうでしょ。
…オナニーと一緒にするな? でもぼくはラブドールとのセックスは究極のオナニーであると思っています。
セックスは男女のコミュニケーションじゃないですか。気持ちよくなるためにやっているという人も中にはいるのかも知れませんが、射精したいだけならオナニーのほうが効率的だし気持ち良いでしょ。…たまにすごいテクニックの娘いたりはするけども。
相手と触れ合いたい、気持ちよくなってもらいたいと考えるからコミュニケーションとしてセックスになるのではないかな。
ラブドールとのセックスは見た目としてはセックスではあるものの、実態は脳内でシチュエーションを作り上げたオナニーじゃないですか。
「ぼく週に3回こんなオカズでオナニーしてるんだ!」と家族にカミングアウトする人っているのかな? …いるのかもしれない。でも、そんなに多くはないと思うンだよなぁ。
ラブドールのことを身内にカミングアウトするというのは、ぼくにとってはそれに近いことに思えてしまいます。
いやいやドールはオナニー道具なんかじゃない!
心の支えだし、本当に恋をしているんだ!
そういう人もおられることでしょう。
独身ならそれでも良かろうと思いますが、もし恋人や家庭をお持ちだとしたら、それただの浮気になっちゃいませんか?
ここでは浮気の定義については置いておくとしても、お前より人形のほうが魅力的なんだ、と言外に言っているようで、相手のプライドを傷つけているかも知れない、ということからは目を背けないで頂きたいです。
ぼくの元嫁さんは夜な夜なネトゲで男漁りをしていることが発覚し、バレたときには泣いて謝りましたが、しばらくすると「会ったこともないし、浮気でもなんでもない!」と開き直りました。
…そうじゃないんだよなぁ。
両親がアレでソレだったから専業主婦のいる家庭に憧れていました。自分が頑張って稼げば嫁さんは働かなくても良い。
だから夜中まで残業して頑張って稼いでいました。疲れて帰ってきても晩飯作るの忘れてネトゲしてる嫁さんでも、ネトゲおもしろいからね、仕方ないよね、今日は出前にしようか、なんか良いドロップ品あった?と笑って済ませていました。
でもさー、自分の稼いだ金でネトゲして男漁りされてたら、さすがにプライド傷つくでしょ。これはそういう話なんです。
たぶんネトゲの姫プレイがしたかっただけだろうとはわかってはいますけども。切ないのよ。
キモチワルイは時代によって変わる
電車の中で少年ジャンプを読むおっさんキモ。子供かよ。
そんな話聞いたことありませんか?
一昔前は良い歳したおっさんが漫画読むなんて幼稚だと。キモチワルイとよく言われていました。
今はどうでしょうか。
ある日、ひさしぶりに電車に乗ったとき、あたりを見渡すと全員一心不乱にスマホを操作していてコワッ!!となりました。ぼくが携帯電話出始めの頃に使っていたときは変な目で見られたものですが、今はすっかり逆です。
「キモチワルイ」とか「コワイ」という言葉は強すぎるんですよね。
我々の業界では美少女から「キモイ」と言われるのはご褒美ですけども。
それはそれとして、何がキモチワルイかなんてその時代時代で違います。
いま16ビットセンセーションというアニメで80年代や90年代の秋葉原が舞台になっていて懐かしく楽しい気持ちで視聴していますが、あの時代に秋葉原にメイド服姿の客引きが並んでいたら絶対コワイしキモイです。
そもそもエロゲ自体知ってる人はそれほどいませんでしたし、ぼくのような一部のマニアがこっそり秋葉原で買っている程度でした。
それがまさかエロゲ原作で、ギャルゲ化したり、アニメ化したり、ソシャゲで超人気タイトルになったり、あの時代では考えられないような地位を築き上げていたりします。
ラブドールがそうなるとは思いませんが、等身大というジャンル、AIとロボティクスというジャンルで言うと話はどう転ぶかわかりません。個人的にはAIと結婚したい。きっと愛があります。だってAIだもの。
結局のところ、キモイだのコワイだのは情報が浸透しているかしていないかの違いでしかありません。
中国のパワーはあまりにも強くて、等身大界隈では急激な変化が起きていますが、大きな変化は大きな反発も生むので、搦め手も使ってゆっくりとまわりこむように、気が付いたら囲まれてた、くらいのイメージで浸透させていってほしいと思っています。
昨今のミニドール人気はそのひとつではないかな、と考えることもありますが、それはちょっと考えすぎですかね。
まとめ
よくこんなとこまで読んだな!マゾかよ!
いろんな方々の話を思い浮かべながら書いたので、長くて支離滅裂な文章で大変読みづらかったと思います。お疲れ様でございました。












